| カウンセラープロフィール | |||
岩川 あゆみ Iwakawa Ayumi (分析型心理カウンセラー) 1973年生まれ 34歳 現在独身、離婚歴あり 大阪生まれ、大阪在住、小学2年生の娘と2人暮し <ご相談内容得意ジャンル> 人見知り、内気な性格による人間関係のお悩み 子育て・教育問題/シングルマザー特有のお悩み ワーキングマザー特有のお悩み/夫婦関係/嫁姑問題 ご近所づきあい/ママ友とのお付き合い ブログ始めました。よかったら遊びに来てください♪ ♪ここをクリックして下さいね♪ |
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| 大好きな事 | : 31歳から習い始めたバレエ、ネイルアート |
| 好きな時間 | : 近所のスーパー銭湯にすいてる時間を狙っていく事 |
| 得意な事 | : 昔はピアノでした・・・過去形・・・ふっ・・・。 |
| 苦手な事 | : 家事全般、レイアウト系全般(ホームページとか、書類の書式とか・・・)、記憶すること |
| 好きな食べ物 | : プリン、しゃぶしゃぶ、赤福、みたらし団子(大阪名物の、たれが中に入ったやつ) |
| 好きな音楽 | : バレエ音楽 |
| 好きな色 | : ピンク、淡い緑 |
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●中学生までは、そこそこ勉強できました 決して「ガリ勉」ではありませんでしたが、 とりあえず親に言われるまま勉強はしてました。 親の夢だったんです。とある公立高校に娘を入れる事が。 と、言っても地域で2番目の学校なのですが・・・。 1番上を望まなかった所がうちの親らしいなって思います。 ちなみに高校生になったら、全く勉強しなくなりました。 ・・・そして、妹は1番上の高校に行きました(汗) ●高校を卒業して、東京で就職 ・・・正確には「横浜」なんですけどね。(大阪人からしたら全部東京です!) 東京の会社に就職したら、寮は横浜だったというわけです。 東京に行こうと思った理由は「声優になりたい!!」でした。 生活の為に働かなくてはいけない、寮のあるところが良い、 というわけで大阪では大手の会社に就職し、そこの寮にもぐりこんだわけです。 声優になりたいためとはいえ、就職したからには仕事をきちんとしなくちゃいけない、 仕事に慣れたら声優学校を探そうって思ってました。 そうやって頑張っているうちに、仕事の楽しさに目覚め、声優への夢は、 学校のパンフレットを取り寄せる事すらせず終わってしまいました。 ●お水の花道へ 「寮を出て一人暮らしをしたい!」と強く願うようになり、 副業で水商売のアルバイトを始めました。 口下手の為か、はたまたそれ以前の問題なのか、とにかく全然売れませんでした・・・。 ●ホストにはまった日々・・・そして借金苦に 縁あって、とあるホストクラブに行くようになりました。 恋愛に破れ、寂しい思いをしていた私。 日々お客様に気を使う日々を送っていた私。 そんな私には至福の時間でした。 私が行っていたお店は都心から外れていて、 規模も小さく「ホストクラブ」というよりは「ホストスナック」という感じでした。 それゆえのアットホームな感じがとても好きでした。 お客さんとして来ている女の子とお友達になったり、 そこには私の居場所があるような気持ちがしました。 お店には毎日のように飲みに行きました。 自分のアルバイトの後にホストクラブ、 ホストクラブの営業時間が終わったら「アフター」と称して 男の子や他のお客さんと一緒に違うお店で飲みなおし・・・。 当然昼間の仕事が続けられなくなり、 収入を増やす為にも水商売1本で生活するようになりました。 いくら水商売専門に働き始めたとはいえ、お金には限度があります。 私は借金に手を出すようになりました。 ホストの男の子達にはその事を黙って、通いつづけました。 ・・・でも多分、男の子達は知っていたと思います。 収入を増やす為にお水一本にしたくせに、 それでは生活が出来なくなり、さらに収入を増やす為、昼間も働く羽目になりました。 ●運命の出会い、プログラマーへの転身 自分が働いているお店で、システムエンジニアをされているお客様に出会いました。 私の昼夜働く生活のことを話すと、こういいました。 「それならプログラマーの勉強してみなよ。昼間働くだけで、今の収入を得られるようになるよ」 彼は、フリーのエンジニア数人でソフト会社を設立している代表者の方だったのです。 当時、IT業界は発展途中で人手不足でした。 今とは違い「未経験でも、育てる手間が発生することになっても人が欲しい」状態だったのです。 私はそこで「マウスでお絵かき」から、パソコンを教えてもらいました。 もちろんすぐにプログラマーだけで食べていけるようにはなりませんでしたが、 数ヶ月後には水商売を辞めて、借金を返していけるぐらいの収入を得られるようになりました。 離婚した元旦那に出会ったのもこの頃だったと思います。 ●妊娠、結婚、そして離婚 ― 心理学との出会い 元旦那と出会った事で、ホスト通いへの執着がなくなりました。 彼とは、別れたりくっついたりを繰り返しながら妊娠をきっかけに結婚をしました。 借金返済が完了したのは結婚1年前ぐらいだったと思います。 結婚して3年ぐらい経った頃でしょうか。 離婚の危機が訪れました。 彼が精神的に追い詰められ「うつ病」の一歩手前のような状態になりました。 それをきっかけに私はクライアントとして心理学の扉をたたきました。 結局心理学の入門的な知識を得たぐらいの所で夫婦は破局を迎えました。 10年以上いた東京に別れを告げ、子供と2人で生まれ故郷である大阪に戻ってきました。 大阪に戻って再びフルタイムで働き始めた私は、夫婦生活の悩みはなくなりましたが、 今度は職場生活や娘との関係に悩み始めました。 私はフリーでプログラマーの仕事を始めたのですが、 雇用形態の関係上、同じ所に長期とどまる事は難しく、 プロジェクトごとに色々な職場を転々とする状況でした。 人見知り、引っ込み思案の私は職場の方々と馴染む事が難しく、 慣れた頃には現場を移動する日々が続きました。 東京でも友達が少ない方でしたが、大阪には友達と呼べる人は1人もいませんでした。 寂しかったです。友達が欲しくて欲しくてしょうがなかった。 とはいえ、私は子供のいる身。仕事が終わったら即座に帰宅という生活上、 職場で友達を見つける事しか考えていませんでした。 不自然に明るく振舞う日々。仲良くなろうと必死でした。 でもやはり無理があったんだと思います。 職場の方々は違和感を感じていたかもしれません。 心を許せる人は1人も出来ませんでした。 本当に好きと思っていない人との不倫にまで手を出たこともあります。 私は疲れ果て、燃え尽きる一歩手前の状態でした。 職場でのストレスで精神不安定になっていた私の事を 1番敏感に感じ取っていたのは娘だと思います。 とうとう娘までもが不安定になってしまいました。 ちょっとの事で大泣きする娘。ほとほと困り果てる私・・・。 私に娘の行動を受け止めてあげる余裕はありませんでした。 ただただ、虐待だけはしないようにと泣き叫ぶ娘から離れた部屋に逃げ込むのが精一杯でした。 1人で大暴れして壁や物に八つ当たりし、 1人で泣き叫んでるだけなのですが、その物音が尋常ではなかったのでしょう。 近所の人がこっそり様子を伺いに来ている足音が聞こえた事もあります。 私は玄関の近くで冷静な声を出し 「好きなだけ泣いててね〜。ママは泣き止んだらそっちに行くからね〜。それまでここでパソコンしてるね。」 と呼びかけると、虐待ではないとわかり安心した足音は遠のいていきました。 そんな頃でした。私は恩師である辻耀子氏に出会い、再びカウンセリングの門を叩く事になりました。 辻耀子さんに出会った事で、私の人生は猛スピードで変化を始めました。 人と接する事が「恐怖」から「多少の緊張感」へと変化していきました。 毎日がワクワクの日々に変わりました。 子育てのストレスも解消し、子供との関係が円満になっていきました。 相変わらず親子喧嘩ばっかりしてますが、同じ喧嘩でも何かが違う・・・。 その「何か」を私の中でしっかりと実感しています。 と、同時に、子供の不安定の行動もなくなりました。 「心理学ってすごい!心理学を知るだけでこれだけ人生が変わるなんて!」 自分がこんなに楽になる事が出来た心理学。 昔の私と同じように悩んでる人たちの役に立てたら、 そして「有難う」って言ってもらえたらどんなに幸せだろう。 今度は私がみんなの悩み解決のお手伝いをする立場になりたい! 私はカウンセラーになるために、本格的に心理学を学び始めました。 今現在、私は人生がとても楽になりました。 ただただ自然に、私らしく振舞えるようになりました。 そしてそんな自然な私になる事が出来た時、職場の人たちの反応も変化していきました。 一緒に仕事をしなくなった今でも連絡を取り合って飲みにいけるような関係の人たちも出来ました。 プライベートでも友達が出来ました。 こんなに状況が変わるために、大変な苦労をしたわけではありません。 ほんのちょっとの勇気と工夫で、誰でも私と同じ気持ちを味わう事が出来るのです。 そのコツをお伝えする為に、カウンセラーとしての起業を決意し、今に至ります。 |






